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ナニワあきんど1年生。

立派なナニワあきんどへのへぼへぼ道。

あきんど、旅をする。奈良柳生の里。

 奈良には面白いところがいっぱい。

 

奈良、柳生の里へ行った。

柳生新陰流

剣の道になんの興味もなくても、名前は聞き覚えがある柳生。

 

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ドローンと共に行くと景色が違って見える。

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奈良って面白いものがいっぱいあるのに、広報ヘタだなあ、としみじみ。

 

でもまあ、京都ほど芋洗いになっても敵わんし、外国人旅行者客はかなり多いので、よいかな、これで。

 

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座禅を組み、囲炉裏端で飲み笑い、茶摘みを楽しむ。

こういう旅が好きな人、多い。

※ちなみにこの大和地鶏、マジでおいしい。この宿のすぐ近くで育てているものすごいイケメンのあんちゃんが〆て持って来てくれた、というもので、歯ごたえプリプリ。香りも良し。ブロイラーにはないものだった。

 

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あきんど、遊郭へ行く!大阪・飛田新地

日本最後の遊廓、といわれるところが、大阪にはある。

飛田新地

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あきんどはまったく無知で知らなったが、

男性にとっては聖地として有名らしい。

 

遊郭での時間制が今だに残っているのか、時間は15分から。

線香一切り、と一緒。

遊郭では線香1本で時間を図る。1本10分‐15分。

 

目的地は

飛田新地

鯛よし百番。

 

飛田新地とは恐ろしいところで、女性が一人で街を歩けるようなところではなく、

歩いていると怒鳴られたりイチャもんつけられたりするらしい。←されてないけど。

 

が、唯一の錦の御旗がある。

印籠かもしれない。

それが、

「鯛よし百番」。


なんぞ言われても

「百番へ行く」

という印籠をかざせば、通れると。

 

今回の飛田新地・百番 はお友達一行でいったので、誰かに声をかけて同行を頼もうと思いつつ、結局仕事がたてこんで出発ギリギリまで誰にも声をかけられず、1人で現地へ向かう羽目に。

 

あきんど、怖がり。

とっても、怖がり。

空手、黒帯。

 

でも怖いもんは怖いんだもん。

モットーは「三十六計逃ぐるに如かず」。

怖いよう、怖いよう。
どこなんだよう。←方向音痴。

 

 

あれ、オカシイな。どう見てもただの住宅街だぞ。
保育園とかある。
ホンマにこっちなんかいな、Google先生!?

 

散々ネットで調べたので新地の雰囲気は分かっているのだが、

それらしきとこがどこにもない。
美女とおばちゃんの組み合わせとかどこよ。
??????

あれ?もう、近い?
塀がある。この向こうか!
塀の向こうへ行く入り口どこよ。
あ、あった。

あ、あそこにかの有名な百番が!

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・・・なんと、一軒もお店の前を通らずにたどり着いてしまった。て

いうか、人っ子一人会わずに。
あんなに戦々恐々としていたのに。

 

ドラクエでいうところのダンジョンたらいうところへ入って、レベル上げの為に魔物に会わなきゃならないのに誰にも会えずに本丸に着いちゃった、みたいな切なさ。

 

どうやら、その手の通りを通ろうと思ったら、天王寺で降りてはならぬ。

動物園前で降りて歩くのが良いらしい。

あきんど、天王寺で降り、12番出口からあべのキューズモールの中を通り、イトーヨーカドーを抜けて百番へ向かった。

これだと飛田新地の真裏から入る形になり、

百番はそのほぼドン付きにある為、それらしきお店を一件も通らぬまま百番へ入ることになる。

ちなみに、ドン付き側は塀で囲まれている。(入れるところがところどころにある)

 

 

百番、お店自体が美術館のようでした。

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本格すき焼き、美味しかった。

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帰り道はメインロードへ。

出会いそびえれたイベントを拾いに。
大勢で。

 

写真、厳禁。

大勢だったからあまり怒鳴られたりしなかったけど(あまりね)、カップルだったら本当に怒鳴られるらしい。

「なにしにきた!」と。

あまり興味本位の冷やかしで行くとこにあらず。

 

冗談抜きで、ホントに、バービー人形みたいな美女ばかりいた。

なんでも、通りは

青春通り

美女通り

妖怪通り

年金通り

があるらしい。

 

通ったのは、青春通りと美女通り。

ビスクドールみたいな精巧な美しさの美女がライトアップされた中にいた。

 

行くのなら、本気の自由恋愛をどうぞ。

 

 


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あきんど、眼を見張る。

電車で斜め向かいにすわった男性がワニ革の財布を膝に置いていた。


それ自体はそれほど珍しくない。

珍しいのはそのワニ皮がアルビノで、

アタマがついていたこと、ワニの。


ワニのアタマがついてる財布。


おお!っと見いってしまった。
すごくリアル。


ワニのアタマ…^_^;


あまりマジマジと見てたら持ち主に睨まれた。
五分がりそりこみあり。

 


ごめんなさい…。
持ち主が降りるときお尻 ポケットからワニのアタマがのぞいててちょっと萌えた(笑)

 

 

 
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あきんど、宗教を考える。

正月には神社へ、実家に帰れば仏様を拝み、クリスマスにはケーキを食べる、宗教観があるとは到底言えない日本人。

あきんどの出身校はプロテスタント

神父と牧師の違いについては説明できる。 けど、根本的に何が違うのか、というと怪しい。

ってか、日本人で、浄土宗と浄土真宗がなぜ分派したのか、臨済宗曹洞宗がどう違うのか、明確に説明できる人が何人いるだろうか。

でもあきんどは、このゆるさが、いいなあ、と思う。

違いを明確にして、どちらが優れているかなど優劣をつけることに何も意味はない。 高い山が好きな人もいれば、低い丘が好きな人もいる。深い海が好きな人もいれば、浅い海が好きな人もいる。 何が好きでも、いいじゃん。 相手が何が好きでも、いいじゃん。

あきんどの学生当時、礼拝に出ることに何の意味も見出していなかったけど、最近よく思い出す。

「光の子として歩みなさい」 という言葉があって、それをずっと「王道を歩め」という意味だと思い込んでいた。 がそうではないと知った。

「あなた方は以前暗闇でした。しかし今は主と結ばれて光となっています。光の子として歩みなさい」

という言葉を聞いて当時何の感慨もなかった。

というか、若干、嫌悪感があった。

何その、「主」がいたから救われた、的な発想。と否定的だった。

でもこれ 「現状に不満があって、暗闇の中にいる気がしたら、自分が暗闇に覆われているのではない、自分自身が暗闇であり、暗闇を作り出しているのだ」 と説かれると途端に意味が明確になる。

暗い理由を人のせいにするな。 その闇の責任は自分にあると自覚せよ。 自身の闇を見つめ、光に晒しさえすれば光の子となることができる。 闇に囚われないように、光の道を歩め。

という意味なのね。

なかなか深い教えだな。 キリスト教に傾倒する気はないが、良い言葉だと思う。 人のせいにせずに自分の闇を自分で見つけ、自律できる人間でありたい。

年を取るって、こういうことを毛嫌いせずに受け止められるようになるので、とてもいい。 人は年とともに自由になるんだな、やっぱり。

あきんど、おかんと旅をする。

宮城→山形→福島→東京
と弾丸ツアーにおかんと参加。


おかんにとってはツアーに混じってもどうにかこうにか歩ける、という自信につながる旅だった。

※おかんは難しい病気で、手足が若干不自由。

 

しかし雨に追われる旅だった。

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山形さくらんぼ園の後は東北のお伊勢さん、山形、熊野大社

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三羽の兎が有名・・・・らしい。


よう知らんけど。


柱の兎を三羽すべて見つけたら願いが叶うそうな。

じっと見てたら首がつりそうになった。
で、見つけたか、というと、4羽も5羽も兎が見える・・・・。

 


人よりたくさん願いがかなうんか?まあ、よし。

 

せっかくなので写真をとった。

皆兎を探して幸運になっておくれ。

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最終日は那須塩原渓谷

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から東京観光。

 

10年も住んだ東京を観光(笑)
さすがにオプションの浅草は遠慮した。

三社祭ですごい人だったようだ。
おかんの希望で上野美術館。

 

私「いくつかあるけど何見たいん?」


おかん「絵」
あーそうかい。


国立西洋美術館へ行く。

大きな企画展示はなかったけど、常設展示がボリュームあって素晴らしい。


今、写真撮ってもいいのね、びっくり。
ダメな絵にだけ写真禁止が貼ってある。
おおらかだな。

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ルーブル美術館は中で模写をしている人もいるし、日本も芸術に関してもっとおおらかになっても良いのかもな。

 

ところで、日本に熊野神社は沢山ある。

なんでも山形は日本三熊野のひとつらしい。
神様の窓口があちこちにある、ってことかな。


つまり、本山が本社で三熊野が支店で他は営業所、というイメージか。


窓口担当の営業マンのうで次第で案件が役員会にかけられるのだろうか。


頑張れ、山形営業マン。

 

かしわ手を打ちながらこんな下世話なことを考える私にご利益あれ( ̄ー ̄)。

 

 

 


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あきんど、旅をする。蔵王

おかんと珍道中旅行。

この写真見てどこか分かったらすごい。

晴女を自称するつもりなのに目的地についたら雨がどしゃどしゃどしゃどしゃ・・・・!Σ(×_×;)! 見たいものが、見えぬ・・・・。

心の目で見るしかない・・・。

お釜お釜。お釜、どこ~!?

霧を透かして見る眼鏡ないのか。

でも、あったら痴漢に応用されそうで嫌だな。

朝4時起きで車 → 飛行機 → バス、と何百キロも移動。 なのにこの結末・・・orz

しょんぼりとホテルに入ったら二人なのに部屋が広い広い。

やっほーい。簡単に上機嫌。

とてつもなくどうでも良い話だが、前に友人(男、オタク)とチラリズムについて喧々囂々の大議論になった。

あきんど「見えそうで見えないことが至高。駅の階段で前を歩いているおねーさんのパンツは見えそうで見えないから(妄想を掻き立てられて)良いんだ!」と主張。 対して友は「見えそうで見えないものは『絶対見たい』と言う欲望を増長させ要らぬ犯罪が増えるだけだ。どんどん見えた方が良い」と主張。

今、考えると酔っぱらいの議論だったので論点がずれている。 「犯罪を増長させるか否か」は「究極のチラリズムとはなんぞや」、には無関係ではなかろうか。

しかし遠路はるばる山形まで来て、おねーさんのパンツに思いを馳せていて良いのだろうか。

なんでパンツの話を書いたかっていうと、透けて見える眼鏡なんかあったら「究極のチラリズム」が味わえないって話。

汝の名は、ひでさん。おかんのおかんのおかんのおかん話。

当たり前の話なんだけど、今は過去という歴史の上になりたっているんだな、と実感する話を聞いた。

おかんのおかんのおかんのおかん話を聞いた。ヒデさん。 ヒデさん、満州終戦を迎え、愛媛、今治へ帰る。 100歳まで生きたそうな。

そんな彼女、元は島根の生まれで、15か16で奉公へ出た。 出た先は山口県下関市の写真やさん。

その写真やさん、そこいらではとても大きかった。 ある時、撮影がさる料亭で行われる。

時は1895年、4月17日。

その時、歴史が動いた!

世にいう、日清講和条約(通称、馬関条約のちの下関条約)締結、である。

そう、その料亭とは、春帆楼(しゅんぱんろう)。

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日清講和条約(別名:下関条約1895年)の時の撮影を担当したそうな。

下関の春帆楼というふぐ料理やさんで伊藤博文と清の李 鴻章が調印した、その写真撮影をその写真やさんが担当。

歴史はどこか遠い教科書の中の世界ではなく、自分のいる世界はその歴史の上に成り立っている。 そう実感する話。

ヒデさん、その後嫁入り。 写真やさんが、嫁入り道具替わりにと、額に入ったその調印の際のりっぱな写真をくれたとのこと(この当時、写真は貴重だったんだろうね)。 ばーちゃん(ヒデさんにとっては孫)はその写真を見て育ったそうな。

で、その写真は?と聞いたら、「捨てた」。 捨てた!!?? 驚きのこの事実。どこに一番驚いていいのか・・・・。

まあおそらく戦中戦後のどさくさで捨てざるをえなかったんだろうけど。

伊藤博文も日清講和条約も歴史の符号でしかなかったが、 歴史が自分につながる過去として認識するような話だった。

ちなみにヒデさんが嫁入りした先のご主人は四国で会社を興し、結構成功したが、何かで失敗。 無一文になり、起死回生に満州に渡り今度は旅館経営で成功したらしい。 ばーちゃんはいいとこのお嬢さんとして乳母日傘で育ったそうな。 女学校時代に修学旅行で内地一周、って豪気だ。

あまりのお嬢さんっぷりに終戦後、何もなくなった時に、洗濯板の使い方すら知らなかったと聞いた。 女学校で花嫁修業に習わなかったのかと聞いたら、なんとなんと、女学校には洗濯機があったとのこと。

お宅のお孫さん(あきんど)は風呂もマキで焚くし、石垣もよじ登るし、家の塀や屋根を歩く(二階の窓から降りて)野生児でしたよー。 うちには栗の木とどんぐりの木があり、栗が食べれるんだからどんぐりも食べれるだろうと、庭のどんぐりを石ですりつぶして食べたり・・←美味しくない。でもお腹壊れない。

乳母日傘(おんばひがさ と読む)って何ですか、って世界で生きておりますことよ。


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